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インタビュー2016-08-12

日本とベトナムとの懸け橋 在ホーチミン日本国総領事館

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在ホーチミン日本国総領事館は訪日ビザの発行、日本企業の進出支援、日本文化の紹介、日本留学促進、日本語教育普及、安全情報の提供など、幅広い分野で日本とベトナムとの懸け橋として活動してくださっています。今回は、約40年間ベトナムと日本との関係を見てこられた中嶋総領事にお話をお伺いしました。

中嶋敏総領事

プロフィール

静岡県出身

1976年外務省入省

1977年東京外国語大学中国語学科卒

(主な経歴)

アメリカ・南イリノイ州立大学、ハノイ大学で語学研修。ハノイの日本大使館に1978年~1981年、1989年~1992年、2002年~2006年勤務。その他、ニューヨークの国連日本政府代表部、イギリス、東ティモール、ソロモン諸島の大使館に勤務し、20144月に在ホーチミン総領事として着任。

―ベトナムにいらっしゃったきっかけを教えてください。

 私が大学を受験した1973年は、前年の田中総理訪中により日中が国交正常化した直後で、日中の架け橋になることを目指して東京外国語大学の中国語学科に入りました。1975年に外務省を受験しましたが、その年は、南北ベトナム統一、ベトナム戦争終結という歴史的な年となり、ベトナムが注目を集め、ベトナムの戦後復興に対する日本の役割への期待が大きく高まった時期でしたので、私もその役に立ちたいと考え、ベトナムを専門とすることにしました。

―最初にベトナムにいらっしゃった当時の状況はどのようなものでしたか。

 初めてハノイに降り立ったのは、アメリカでベトナム語を学んだ後の1978年7月でした。日本からの直行便はまだなく、バンコクから小型双発プロペラ機に乗り、ビエンチャンで給油、日が暮れる頃にハノイ対岸のザーラム空港に到着、ロンビエン橋を渡ってハノイに入りましたが、市内には裸電球が所々にぶら下がっているだけで真っ暗、その夜は、大使館事務所が入居していたトンニャット(統一)ホテル、現在のソフィテル・メトロポール・ホテルに泊まり、翌朝は自転車の鈴の音で目が覚めました。市内にはバイクは皆無、自動車は時折見かけるだけ、自転車とシクロだけの静かな町で、まだ路面電車も走っていました。市内には魚料理のチャーカー、鳩やスッポン料理の店が数軒ある程度、米、豚肉、食用油などは配給で、私たち大使館員も配給手帳をもらうなど今とは別世界でした。日本人は大使館員とその家族、特派員など10数名だったと思います。

同年のクリスマス、12月25日にベトナム軍がカンボジアに侵攻、翌79年2月に中越戦争が起こり、ベトナムはまた戦争に逆戻り。ホアンキエム湖周辺にはトーチカ、紅河沿いには高射砲陣地が作られ、市内至る所で青年男女に対する軍事教練が行われるなど、大変な緊張状態になりました。このような状況のため、日本はせっかく始めた対越援助を中断せざるを得なくなってしまいました。

ホーチミン市を初めて訪れたのは79年後半でした。当時は南部を社会主義化しようとしていた時代で、商売は資本主義的なので禁止、商店は全てシャッターが下ろされ、市内の交通手段は自転車とシクロだけでした。当時のハノイは、女性のファッションが白いブラウス、黒のパンタロンで統一され、モノクロの世界だったのに対し、ホーチミン市にはアオザイ女性もいて、町全体が明るくカラフル、また、食事も豊かで、サイゴン川に突き出た水上レストラン(今はありませんが)で初めてチャオトムやゴイクオンを食べて、感激した思い出があります。この時代は南北格差が大きく、ホーチミン市に出張するとフランスパンや南国のフルーツを買い込んで、ハノイへのお土産にしていました。

―日本とベトナムとの関係の推移についてどのように思われますか。

1989年~92年、2回目のベトナム勤務の際、私はベトナムとの援助再開交渉に携わりました。深夜に及ぶ難しい交渉もありましたが、最後にはベトナム側に日本の誠意を信じてもらうことができ、1992年11月に対越援助再開に至りました。以来、日本は一貫して最大の援助国としてベトナムの国造りを支え、現在、日本の援助額は3千億円規模に拡大し、日越はあらゆる面で重要なパートナーとなっています。

ホーチミン市では、日本のODAでタンソンニャット空港の国際線ターミナル、サイゴン川両岸の1区と2区をつなぐトゥーティエム・トンネル、ホーチミン~ゾーザイ間高速道路などが完成し、ホーチミン市の景観も大きく変わりました。現在、都市鉄道1号線、7区の下水処理場拡張、南北高速道路などのプロジェクトなどが動いており、更に第2チョーライ病院も計画されています。日本のODAがベトナムの経済発展に果たしてきた役割は非常に大きく、今後もベトナムの国造りをしっかり支えていきたいと考えています。

ベトナム経済と日越関係の発展にとって、民間企業による対越投資がますます重要になっています。ベトナムは輸出加工の拠点としてだけでなく、中間層の拡大に伴い、人口9千万人の魅力的な市場にも成長しつつあります。南部の日本企業は、ホーチミン日本商工会の会員企業だけで830社以上、近くイオン・ビンタン店や高島屋が開店し、コンビニ各社も積極的な店舗展開を行うなど小売業の進出も活発化しています。TPP(環太平洋経済連携協定)ではベトナムが最大の受益国とも言われており、今後、日越経済関係が更に発展していくことは間違いないでしょう。

 文化面では、ホーチミン市民の多くが日本ファンで、親日度は世界でトップクラスです。昨年11月の日本文化紹介イベント、ジャパン・フェスティバルは15万人を集めて大成功を収めました。今年はジャパン・ベトナム・フェスティバルとして開催される予定です。現在、ベトナムの日本語学習者は4万7千人と推定されており、ホーチミン市内の中学、高校5校では日本語授業が行われています。人と人との交流では、日本へのベトナム人留学生は2万6千人と国別2位、ベトナム人訪日客は毎年50%増加しており、今年は20万人を越えるでしょう。特に桜シーズンのビザ申請は一日1500件以上にもなり、総領事館は大忙しです。

 このように日越関係は、最初に赴任した当時には想像もできなかったほど発展しました。長年、ベトナムに携わってきた者として大きな喜びであり、この流れを一層加速し、日越関係を更に強固にしていきたいと考えています。

―ベトナムの人はどのような国民性だと思われますか。

 ベトナム人は勤勉で、向上心が強く、努力家です。私のハノイ時代の友人の中には、外国の大学で博士号を取ったり、子供を留学させたりしている人が何人もいます。また、若い頃、アメリカで会ったベトナム人の友人たちも、皆、成功しています。今、ホーチミン市では英語学習熱が大変高く、多くのベトナム人が積極的に海外に出て行こうとしています。ベトナム人のチャレンジ精神には学ぶところが多いと常日頃感じています。

また、ベトナム人は家族思いで、情に厚い人たちです。ベトナム語は話す時、相手との年齢の上下関係を意識して「あなた」、「私」が何通りにも変わる言葉でもあり、日本より敬老の精神が強いように感じます。

一方、自尊心も大変強い国民性です。以前、ベトナムの新聞コラムに「自分たち(ベトナム人)は一対一では日本人に負けない。しかし、二対二になると同等、三対三以上だとなぜかいつも日本人に負けてしまう。これは組織力の問題だ」という自己分析が載っていました。ベトナム人にこうした強い自尊心がなければ、ベトナムが中国の歴代王朝、更にフランス、アメリカと戦って、独立を維持することは不可能だったでしょう。ベトナム人の負けず嫌いな性格が今の発展の原動力になっているように思います。

―今後ベトナムでビジネスを展開する日本企業に期待したいことは何ですか。

 ベトナムは今後有望な市場ですので、長期的なビジョンを持って積極的に事業展開していって頂きたいと思います。今後、TPP効果等もあり、ベトナムのビジネス環境は改善されていくと思います。総領事館も商工会と協力して、ホーチミン市及び南部各省のビジネス環境の改善に努めています。

 ベトナム人は非常に親日的で、顔立ちも日本人と似ていますが、考え方や感性が違う部分もあります。この点をつい忘れてしまうと、思わぬ誤解に発展することがあるので、良く注意して事業を進めることが大切です。

 当地での日本企業の地域社会貢献活動はベトナム側から高く評価されていますので、今後ともベトナムの地域コミュニティーのパートナーとして日越友好の促進にご貢献頂くことを期待いたします。

―最後に、中嶋様が働く上で大切にしていらっしゃることを教えてください。

日本人もベトナム人も同じ人間同士、誠実さが一番大切ではないでしょうか。日本は対越援助再開以来、ベトナムの発展を真剣に考え、支援してきました。その甲斐あって、今の日越関係があると思います。ベトナム側の日本に対する期待感は大変高いので、それを裏切らないようにしていきたいと思っています。日本について正しい情報を発信していくことも大切です。総領事館として、長い年月をかけて築き上げてきた日越関係が更に発展するよう、当地の商工会を始めとする日本人コミュニティーの皆様と一層緊密に連携していきたいと思っております。

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